The Outcasts・20-4
そしてオオムラは僕に、
会話の中からも客を判断することを教えてくれた。
その客と会話をしていく上で、相手の発言の中に
警戒しなければならない発言というものがあるのだ。
「いいか、新規で来て
いきなり営業時間や店の電話番号を聞かれたら気をつけろ」
オオムラは僕がある新規客の受付をした後で
僕にそう言った。
「まぁデコスケ(刑事)じゃないだろうけどな、
そんなこと聞いてどうするんだ?ってことだ。
ちょっと気の利いた人間なら携帯だって持ってる時代だ。
店の電話番号なんか聞いたってかけないだろ?」
そして別の機会には、こんなことも言った。
「サービスはいくら出るんだとかさ、
そういうこと言う客にいい客なんかいないよ。
どんなに身なりが良くても、高級品を身につけていても、
この質問されるとがっかりしちゃうよな。
本当に良い客ってさ、サービスなんか気にしないし、
仮に良い客だったらこっちだって次につながるように
キチンとサービスするんだから。
わざわざ聞くだけ野暮ってもんだろ。
大体さ、こういう質問をする客ってまず間違いなくガジリだよ。
負けたから車代寄越せとか、特別サービスを出せとか言い出すのも
こういうタイプ。誰が出すかよってんだ」
そんなオオムラに僕は、
ちょっと小耳に挟んだ程度の知識を披露してみる。
「でも海外のカジノなんかは
負けた客には後からいろいろサービス出るじゃないですか?
部屋をスイートにしてくれたり、シャンパン付いてきたり」
「ま、あっちは全員に平等なお買い上げに対するサービスなんて
ほとんど出してないからさ。あくまで遊んでからの話だろ?
ああいうコンプってのはそういうもんなんだ」
「日本もそうすればいいじゃないですか?」
「そりゃ出来ればそうするのがいいんだろうけど
そのためには客の管理ってのがもっときっちり出来ないと。
ま、おいおいそういう管理の必要性は出てくるだろう。
これだけガジリが増えてきちゃったら、
客見てサービス決めないと店が持たないし」
当時の僕はそう聞いて頷くだけだったけれど、
(当時の僕は、控除率と言う概念さえ怪しいものだったのだ)
ある日、オオムラ自身の接客を間近に見て
僕はまた新たな知識を身に付けることになった。
それは30代から40代にかけての新規の客だった。
どことなく崩れた雰囲気を身にまとったその男は、
店に入ってくるなり店の内部や従業員をじろじろと眺め回した。
僕はかつて教わったように、ウェイトレスからお絞りを取って
それを自分で渡しながら対応しようと男に近づいた。
男はそれを受け取るだけ受け取って、
使いもせずにテーブルの上に放り
小馬鹿にしたような口調で僕に言った。
「ここは誰がやってんの?会長?」
会長、などと呼ばれる人物には僕はまるで心当たりが無かった。
その店のオーナー自体、僕はあまり良く知らなかったのだ。
一度だけオオムラに頼まれて
近所の焼肉屋に荷物を届けたことがあったけれど
その時に同席していた相手に
オオムラが僕を敬語で紹介してくれたのを聞いて
この人がオオムラの上の人なのかと思っただけだった。
「いや・・ちょっとそういうのは・・」
口ごもる僕に、その男は見下すような口調で
「ふん。ナンだ、一見には言えないってか。
で?ケツはどこに持ってもらってんの?D組?K連合?」
ケツ持ちの話を出されて、僕は瞬間的に緊張する。
そんなことを聞く客など今までいなかった。
と、そこへオオムラがすっと寄ってくる。
「お客様、それが何か?
聞かなきゃ出来ないと仰るのでしたら、
お引取りいただくしかなくなっちゃうんですけど。
それともお客様とは代紋の話になるんですか?」
若干キツめのオオムラの口調を聞いて
僕は少し緊張を覚える。
その客に、オオムラが僕よりも上の立場であることは
すぐに分かったようだった。
男は、ちょっと慌てたような、弁解じみた口調で
「ん、いや。このハコは前は会長がやってたハコだからさ。
同じ系列の店なのかと思ってさ」
と言いながら、僕が持っていた会員規約書を指差して
「で、これ書けばいいんだろ?
大丈夫だよ、不良じゃねぇから」
と言った。オオムラは男の顔をしばらく見つめた後、僕に
「じゃこちら一旦目を通していただいてから
お名前をフルネームでいただいて」
と言って男から離れた。
男がゲームを始めると、
オオムラは、少し離れた場所からそれを見つめる僕の隣に来て
「ま、ああいうことは普通の客も本物も絶対に聞かないからな。
聞く時点で半端者だって言ってるようなもんさ。
聞いたって言うわけ無いのにな。
多いんだよ、でも。ああいうの。
事情通を気取りたいのかもしれんけど、ろくな奴じゃないからな。
無用のトラブルのもとになるだけだから、断ろうかと思ったよ。
すぐにケツ呼べ!とか俺はオーナー知ってんだぞ!とか
ガタクるのもこういうタイプだしな。
ま、一応打たせてはみるけど、要注意だからな」
と小声で言った。
僕はそれを聞いて、観察して分かる部分だけでなく、
こういう会話からも判断できることもあるんだと思いながら
署名してもらった同意書を元に、会員カルテを作成した。
カルテには、名前、会員番号の他に
外見的特徴や注意点を記入することになっていた。
推定年齢、髪型、体型、指輪やピアスなどのアクセサリー、
紹介者、誰と知り合いだったか等だ。
似ている芸能人なんかがいれば、それも書く。
あまりにもマイナーな芸能人だと分からないから
ある程度の知名度がある芸能人に限られていたけれど。
もちろんこういう要注意の客には、
店内で共通の要注意マークをつける。
それから僕は、自分用の手帳に
同じように顧客メモを記入した。
そちらには、平均ベットやランク分けなども記入していた。
オオムラにそうした方が便利だと言われたのだ。
忙しい時などは、この作業は決して楽ではなかったけれど、
客を早く覚えて適切な対応をするためには非常に有効でだった。
吸っている煙草、コーヒーの砂糖やミルクの有無、
車で来ているかタクシーか電車か、誰と仲良くしているか、
細かく書けば書くほど効果は大きくなるのだ。
例えば、数回目の来店だけれど大事にしたい客に
「煙草ちょうだい」
と言われた時に何も言わずに
今まで来た時に吸っていた煙草を持って行くのと、
「お煙草は銘柄は何でしょうか?」
といちいち聞き返すのではどちらが印象が良いかと考えれば
その意味は僕にも十分理解できた。
もちろん前回吸っていた煙草を替えている事もある。
けれどその時に客から
「あ、コレじゃなくて△△ちょうだい」
と言われたら、
「あれ?以前いらした時は○○吸ってらっしゃいましたよね。
お煙草替えられたんですか?」
などとコミュニケーションを取るために利用できる。
そのコミュニケーションによって客も
「あ、覚えててくれてるんだ」
と思ってくれるかもしれない。
あるいは
「○○様いらっしゃいませ」
と名前をすぐ呼んで席に案内するのと、
「お名前頂戴できますか?」
と言うのではどちらが好印象だろうか。
客全員にすることは難しくても、
リストが多ければ多いほど良いわけだし、
大事にしたい客ならそれくらいは出来ないと、という話なのだ。
オオムラが一つ一つの意味までも教えてくれたわけではなかったが
僕は自分なりに考えて、そして自分なりの工夫を重ねていった。
僕のアンダーグラウンドの世界での基本的な姿勢は
オオムラの影響を強く受けていると言っても良かった。
けれど、残念ながら、オオムラと僕の関係は
2年ほどで終わりを告げた。
この世界の常ではあるけれど
流行っている店はそれだけ目立っているからか、摘発されやすい。
僕もオオムラも非番の日だったけれど
店の名義人であるオオムラは逃げるわけには行かない。
いろいろと後始末の算段を終えてから
オオムラは警察に出頭した。
驚いたことに、僕の再就職先まで見つけてくれていた。
僕は紹介された先で、末端の黒服で働き始め
わずか半年後には責任者になった。
「最近入ったあいつ使えるじゃないか」
たまたま店に来ていたオーナーが僕の仕事ぶりを見て
店長にそう言ってくれたのだということだった。
僕は何がそんなに評価されたのか分からなかったけれど
オオムラに教わったことが、本当にどこに移っても使えるということに
いつしか気づくことになった。
客商売において、どんなに単価が小さな客でも、
覚えてくれていて接客されるのは悪い気分ではない。
そういう「ちょっとした好印象」が
店に固定の客が増える一つの要因だし、
何かあった時に店の味方をしてくれることにつながったりもする。
軽視することはできないのだ。
実のところ、オオムラの店では、
僕の給料はそれほど良くはならなかった。
僕よりも年長の黒服が多かったせいか
ずっと横並びの給料のままだった。
でも、オオムラがイロハから教え込んだのは
おそらく、僕だけだったと思う。
その無形の財産のおかげで
僕はその後十年以上、この世界で凌ぐことになったばかりか
さらに、その後もこうして記事まで書いているわけだ。
さすがにそれは、金には換算できないだろう。
たとえ、金が全ての、アンダーグラウンドの住人であっても。
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