The Outcasts 外伝・Nobody but she told me.・4
翌日、僕が学校に行き、サークルの溜まり場に顔を出すと
友人の一人がニヤニヤしながら僕に呼びかけてきた。
「ようヘンタイ、合宿の日程聞いたか?」
「は?ヘンタイって何だよ」
「とぼけちゃってwww居酒屋の女子トイレ覗いたんだろ?」
「誤解だって。覗いてねぇよ。あれはB子に頼まれて・・」
「またまたwwB子はそんなこと言ってなかったぜ。
お前が女子トイレ覗いてA子見つけたって」
僕の脳裏にB子の調子の良い話し方が蘇った。
その場を盛り上げようと、B子はあることないこと織り交ぜて話したのだろう。
適当に事実を並び替えたり、適当に脚色、あるいは端折ったり。
(何だよ、B子のやつペラペラいい加減なこと喋りやがって
黙ってるって言ったじゃねえかよ)
僕は一瞬むきになって反論しかけたが
すぐに馬鹿馬鹿しくなって思いとどまった。
反論すればするだけ面白おかしく囃されるし、
言いたい奴には言わせておけばいいのだ。
僕は連絡ノートに書かれた合宿の日程だけチェックすると
すぐにその場を離れた。
僕をからかってきた友人が何かを言いたそうにしていたけれど
そっぽを向いて通り過ぎた。
幸いこれから長い夏休みだ。
夏休みの後半にある合宿の頃には
ほとんどの人間はそんな事件など忘れているだろう。
(店ではホモ、学校ではヘンタイか・・)
そう考えると急にやるせなくなった僕は
ふと、サトコのことを思い出した。
サトコはなんて言うだろう。
僕は財布の奥からサトコのくれた名刺を引っ張り出して
深夜にサトコの店へ行った。
店に入るとすぐにサトコと目が合った。
「あら、どうしたの。珍しいこともあるもんねえ」
そう言いながらサトコが席へと導く。
10人も入ればいっぱいになってしまうくらいの小さな店には
サトコの他に、女の子(と言えばいいのだろうか)が3人ほどいた。
「何呑む?ビール?」
曖昧に頷く僕に、サトコが尋ねてくる。
「それで?今日はどうしたの?
もしかして目覚めちゃった?」
苦笑いしながらそれを否定して、
僕は自分の身に起こった悲劇についてサトコに話した。
サトコはそれに頷きながら聞いていたけれど
僕の話が終わると、小さなため息をついて言った。
「あらまぁ、それは災難だったわね。
でもね、男にもいろんな男がいるし、女にもいろんな女がいるでしょ。
オカマだって同じなの。基本的にはおとなしいんだけど
中にはそうやって襲っちゃうのもいるわけ」
グラスの水滴を拭き、氷を足してウィスキーを注ぎながらサトコは続けた。
「アンタは優しいのよね。だからそうやって傷つくこともあんのよ。
それはすごくいいこと。でもアンタがあの世界で生きていくなら
アンタはもうちょっと強くならないとね」
そしてサトコは横にいる女の子にこう言った。
「でも、そういう男に女は弱いのよねえ・・
ってやだ、アタシ女じゃなかったわwww
アンタもそこはすぐ突っ込まないとダメじゃない」
場に笑いが巻き起こり、空気が変わった。
僕はその日、サトコや店の女の子と馬鹿話をして朝まで笑い転げた。
息が苦しくなって、涙が出てくるくらい笑ったと思う。
店を出る頃には、僕はすっかり元気になって、
すでに明るくなっていた通りで、
タクシーを拾おうとしているサトコにこう言った。
「ありがとうございました。すごく楽になった」
サトコは笑って手を振りながら
「アンタが早くタクシー乗ってくれないと
アタシこの化粧のはげた酷い顔でずっと外にいなくちゃいけないんだけど」
と答えた。
それからというもの、僕は時々サトコの店に行くようになった。
ディーラーから黒服になって、黒服からさらに上のポジションに上がっても
サトコはいつも学生相手のような金額しか僕から取らなかった。
「アンタがもっと偉くなって、強くてかっこいい男になったらいっぱいもらうわよ」
人情の機微に通じ、ユーモアのセンスに溢れた彼女たちの会話から
僕は実にいろいろなことを学んだと思う。
誰かがボケればすかさず突っ込み、時には突っ込みやすくボケる。
時に自分をネタにしても、場の空気を盛り上げる。
真似ができないなと思わされることも何度もあった。
「役回りってあんのよ、誰にだって。
アタシたちはここで馬鹿やるのが役回りなの。
ずっと通ってくる客もいれば、通り過ぎていっちゃう客もいて。
水商売ってのはそれを見続けるのが役目みたいなもんなの。
アンタだってアンタの役回りがいろいろあんでしょ?
何もかもぜーんぶほっぽり出すか、その役回りをこなすしかないのよ」
店が終わった後、一緒に麻雀をしながら
(オカマ3人に囲まれたセット、というのはなかなか貴重な体験だった)
たまに僕が愚痴のようなことを言うと
サトコはそう言って、次には必ず
「ここはアンタが振り込む役回りなんだから!早くフんなさいよ!」
などと言って笑いを取った。
それは本当に楽しい時間だったのだけれど
それが楽しいものであればあるほど、
店を出た後に、僕は決まって切なくなった。
あるいはそれは、一過性の場であることが
誰にとっても分かっていたからだろうか。
面白うて、やがて悲しき・・・
そんな形容がぴったりの場だった。
実は、サトコは、もういない。
体を壊して入院したという話を聞いた数ヶ月後には
この世の人ではなくなっていた。ガンだったという。
告別式の会場だという落合の斎場へ僕が行くと
店の女の子と数人の客しかいない寂しい葬儀が行われていた。
サトコの身内は葬儀に出席することを拒んだという。
僕が喪主を務めていたチーママに挨拶をすると
彼女は
「サトコさん、アンタのことホント可愛がってたのよ。
アングラの世界であんな子めったにいないって。
奥さんと子供大事にね。頑張るのよ」
と僕に言った。
途端に、涙が溢れてきて止まらなくなった。
僕は斎場の白黒のテントの脇で、しばらく嗚咽した。
「後になっちゃえばね、だいたいみんな笑い話よ」
サトコはよくそう言っていた。
嫌なこと、悪いことがあった時ほど。
サトコさん、僕は偉くも強くもなれなかったけれど、
その言葉だけは、身についたような気はするよ。



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