The Outcasts(読切り短編)01~10

アンダーグラウンドの住人たちを描いた創作短編~第10話まで

The Outcasts・10-6

男の手の先にある物体はすぐに分かった。

「んだよてめぇ。
人が下手に出てりゃ偉そうに。
ここでやっちまうぞ、こら」

握られていたのは、刃渡りが30cmはあろうかという柳刃包丁だった。
シャンデリアの光に照らされて、ギラリと光る包丁を見て
僕は息を呑んだまま、その場に立ち尽くした。

言葉が出ないどころか、その場から動くことさえ出来なかった。
拳銃を見ても普通の精神状態から
さほどかけ離れていなかったはずなのに、
包丁を見ただけで、僕の平常心はどこかに行ってしまったのだ。

男は包丁を振り回して
言葉にならないことを喚き散らす。
それを見た女性客が、悲鳴を上げる。
それほど客の多い時間帯ではなかったが
店内は軽い騒ぎになった。

キャッシャーから社長が飛び出してきて、
男に声をかける。

その内容は僕の記憶からすっぽりと抜け落ちている。
気づいた時には、男は店の外に出ていた。
社長とケツ持ちが外で話していたのだ。
いつの間にか客もそれまでと同じようにゲームを続けていた。

ただ僕だけが休憩室に入れられて、
茫然としていただけだった。

社長が戻ってきて、外の喫茶店に連れて行かれる。
僕が入ると社長は椅子を勧めて、詳しく話を聞かれた。
店のケツ持ちも一緒だった。そこで初めて気づいたのだが、
以前の店と同じケツ持ちだったのだ。
僕が一通り事情を説明すると、社長はうなずきながら言った。

「ま、間違ってはいないんだけどな。
でもよ、考えてみなよ。
あの客にとったらお前なんか息子くらいの歳なんだぜ。
そんな若僧にピシャッと撥ねつけられてみろ、そりゃ切れるって。
なけなしの銭を無くしちまったんだから」

「それで、どうしたんですか?」

僕が尋ねると、社長は小声で言った。

「俺がポケットマネーから5万くれてやったさ。
こっちに出てくることがあったら返してくれればいいからって。
まぁ戻ってこなくたって仕方ないだろうな」

「すいません」

うなだれて謝る僕に、ケツ持ちが言った。

「ま、でもあんなもん振り回されて災難だったな。
チャカだのドスだのっていうのも付き物だけどよ、
チャカよりドスの方が怖ぇだろ?」

確かにそうだった。あの包丁の鈍い銀色の光は
刺された時の痛みまでも容易に連想させるのだ。
僕がうなずくとそのケツ持ちは笑って言った。

「まぁ、堅気の人間には、
チャカが本物でも贋物でも分からないもんな。
でも刃物は分かるだろ。だから怖いんだよ。
いきなり鞄の中身見せられて
これが原爆だって言われても誰もピンと来ないけど、
爆竹山盛り見せられたら、結構おっかないだろ?
それと一緒だよ」

・・・あれからずいぶん時が流れた。
世間知らずの生意気な小僧も、三十路を越え
所帯を構えるようにまでなった。

ふと気づくと待ち合わせの相手がやってきていた。
改めて見ると、当時に比べればやはり歳をとった。
短く刈り込んだ頭には、白いものが混じっている。

店の場所、オープンの日程・・・
事務的に話を進め、手付け代わりに半金を渡す。
軽くうなずいてからそれを内ポケットに突っ込んで
彼は立ち去り際に言った。

「ウチの方に何か情報が入ったら電話するから。
まぁ、十年以上やってんだから、
あんまりウチが出る幕は無いだろうけど」

彼は喫茶店を出て行った後、
一人席に残って、冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
彼が言う通り、一通り経験した今は
流石に簡単には動じなくなった。

僕が身につけた経験という名の防具。
代わりに失ったものを一つ一つ数えあげることさえ
僕にとっては簡単なことではないけれど。

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The Outcasts・10-5

一時的に50点以上チップを積み上げていた男は
何度か連敗するうちに、
手持ちのチップを全て失ってしまった。

追加のお買い上げがあるだろうか。

そう思いながら、テーブルのやや後方に立つ。
お買い上げを直ぐに受け取れるようにだ。
反応が遅れただけで罵声を浴びる世界なのだ。

客が財布を取り出した時点で
すぐに近づける態勢になければならないが、
かと言って、待ってましたとばかりに近寄っていっても
待ち構えてんのかと絡まれかねない。
さりげなく、注意深く。
この世界の基本でもある。

男はしばらくゲームを見ているだけだったが、
やがてポケットから紅白の熨斗模様が付いた封筒を取り出した。
ディーラーが手を上げて黒服を呼ぶのと同時に、
すっと近づいて、男が出した金を受け取って数える。

紙幣は新札で3万円あった。

封筒から出てきたまっさらな新札というのが
少しだけ引っかかったが、
どんな事情の金だろうと、それを斟酌する立場には僕らは無い。

「4番のお客様に前から3点お願いします」

僕がそうディーラーに言うと、ディーラーから
男の前に3万分のチップが置かれる。
男はそれをゆっくり数えると、
一瞬躊躇した後で、全て賭けてしまった。

ディーラーがカードを出してゲームが進む。
力を込めてカードを絞っていた男の首が力なくうなだれる。
男はしばらく罫線を眺めていたが、
やがて店の隅にあるソファに腰掛けた。

その店はL字型の作りになっていて、
入って直ぐにソファやテーブルがあり、
奥に行くとゲームテーブルが置かれている。

ゲームテーブルからは死角に入る位置なので、
あまり頻繁には見ていられなかったが
しばらくの間、男はソファで新聞や雑誌を眺めていた。
僕もさほど気にも留めずに、他の業務に追われていた。

そして不意に男が声を上げて僕を呼び止めた。

「兄ちゃん、ちょっと」

そういう男の傍に、僕はひざを屈めて近寄る。
男はぼそぼそと尋ねてきた。

「この時間で一番偉いのは誰だい?」

男に尋ねられて僕は返事をする。

「先ほど応対した社長がおりますが、
現場に関しては私が責任者ということになってますが」

僕がそういうと、男はさらに声を潜めて話す。

「そっか。実はよ、明日の朝一番で田舎に帰るんだけどよ、
その電車賃まで使っちまったんだよ。
電車が走るまでちょこっと遊ぼうと思ってたんだけど、
土産買う金どころか電車賃やら餞別まで無くしちまってよ。
使った分返せなんて言わねぇけど、
せめて電車賃だけでも貸してくんねぇか?」

何を言い出すかと思いきや、そんなことか。
社長に判断を仰ぐまでも無い。
僕は即座に答えを返す。

「いや、それはちょっと・・・。
すいません、そういうご要望には・・・」

ある程度の経験を積んだのと、
責任者という気負いがあったのかもしれない。
そんなことをいちいち聞いていたら商売にならないという思いが
僕をいつもより少しだけ傲慢にしていた。

態度に出したつもりはない。
けれど相手の心理を汲み取るという細心さが
おそらく欠けていたのだと思う。

男はさらに下手に出てきた。

「そんなこと言うなよ。
兄ちゃんを偉い立場だと見込んで頼んでるんじゃねぇか。
社長に聞くだけ聞いてみてくれよ」

僕はさらに突っ張った。
誰に頼まれようと、そんなことは聞いてられない。

「いや、そう仰られても・・・。
使われたのが13点ですよね・・・、
さすがにそれは勘弁していただけませんか。
どういうお金をお持ちになるかはお客様自身の問題ですから・・・」

少し突き放した言い方をしてしまったような記憶がある。
今なら同じことを言うにしても、
もう少し柔らかい対応をできるだろうが。

男は黙り込んだ。
握りこんだ拳が小刻みに震えているのに
僕が気づいた瞬間だった。
男は鞄に手を突っ込んで、
何かを取り出して喚いたのだ。


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The Outcasts・10-4

拳銃事件から1年近く経ったころだろうか、
それまでいた店が摘発を受けてしまって
僕は別の店で働いていた。

それまで働いていた店が摘発を受けたのは
僕がちょうど休みの日だった。
その幸運を当然であるかのように受け止めて
僕は依然としてアングラ業界に居座っていた。

「肩が強い」

こんな表現がカジノ業界にはある。
要は何故か成績が良いディーラーのことだ。
カードを誰がどう配ろうが、
長期的には収益は変わらないはずだが、
不思議と数字の良い悪いが出てくる。

そんな強運の持ち主を「肩が強い」と言うのだ。
おそらくは多少の技術の差があるのだが、
大体はただの巡り会わせである。

僕もかつてはそんな風に呼ばれていたのだけれど、
摘発時にたまたま休みだったという幸運さえも

「俺は肩が強いから」

などと嘯いて、また別の店で働いていたのだ。
その時は番の責任者という位置だった。
以前から顔見知りだった人が
自分が社長になって店をやるから
責任者として働かないかと誘ってくれたのだ。
二十代後半に入ったばかりの小僧を責任者に据えるのだから、
やはりそれは抜擢と言って良いだろう。

天狗になりかけていた僕の鼻っ柱を
ものの見事に折られる出来事は
店を移って2ヶ月ほど経った春先のことだった。

一人の中年の男が、店に入ってきた。
黒の鞄を持ち、髪を短く刈り込んだその男は
一見して「その筋」の雰囲気を漂わせていた。

「当店にはいらっしゃったことは?」

そう尋ねると男は首を横に振る。
お絞りを差し出した時に見た手には
一目で欠損と分かる小指があった。

「失礼ですが、組関係じゃないですか?」

そう尋ねる僕に、その男は

「いや、違うよ。この指は違うから。
これは昔ちょっとあってさ」

そういう答え方をした。
昔ちょっとあった、ということは、
かつてそうだったということだろう。

僕は少し迷った挙句、キャッシャーにいた社長に判断を仰いだ。
指の無い客というのは場の雰囲気に影響を及ぼすし、
実際には今でも現役であることも結構良くある話だからだ。

今回の店では極道は受けないことになっていたから、
やはりここは独断は控えるべきだったろう。

社長が出てきて男と話をする。
しばらく問答を繰り返した後に、
その客をテーブルに案内するように言われた。

「今は板前やってるっていうし、
絶対トラブルを起こさないって言うから打たせちゃって」

その社長を僕は密かに慕っていた。
侠気に溢れた好漢だった。
自分を買ってくれたという恩義も感じていたし、
いろいろと学ぶ点も多かったのだ。

男はしばらくの間、普通に遊んでいた。
勝ったり負けたりそ繰り返していたが、
買ったチップの額に比べて、
平均ベットがやけに高いことが、印象的だった。

10点買った客は、
普通はせいぜい1,2点しかベットしないのだが、
男は平気で5点ほどを張っていたのだ。
30点くらい買った客のベットである。

ひょっとしたら、相当金を持っているのだろうか。

僕はそう思いながら、テーブルを見つめていた。
何かあってからでは遅いから、いつもより注意しながら
テーブルの上で進められるゲームや客の様子を見つめる。

最初のうち男は好調で、
順調にチップを増やしているかのようだった。

もちろん「最初のうちは」だったに過ぎなかった。


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The Outcasts・10-3

ゴトッという音と共に、僕の目の前に置かれた黒い塊。
それは鈍い光と、不思議な存在感を
その場所で静かに放っていた。

・・・拳銃だ。

僕は一瞬息を呑んだ。
まさか本物の拳銃だろうか。
社長が飛んでくる。

「そ、そんなもの出さないで下さいよ」

少し離れたところから、社長が声をかける。
彼は社長を横目で睨んで、吐き捨てるように言った。

「何も無きゃ撃ちゃしねぇよ。
おい、カード出せよ。ゆっくりな。
おかしな動きしやがったら分かってるだろうな」

もちろん不正は何も無い。
僕は3枚目のカードをゆっくりと出し、静かに開いた。

不思議と怖くは無かった。
そこに置かれた拳銃は、何と言うか・・・
現実のものには思えなかったのだ。
本物か贋物かも分からないし、
弾が入っているのかも分からない。

このカードを開いて、5や6だったら・・・
そんなことを考えることも全く無かった。
とにかく現実感が無かったのだ。
頭はクリアなのに夢の中にいるようだった。
声がうわずるようなことも無く、僕はディールした。

開いたカードは・・・4だった。

「バンカーは・・・メイクセブン。今回タイゲームです」

彼はしばらく僕の顔を睨んでいたが、
やがて罫線に結果を乱暴に記入して
拳銃をそこに置いたまま、ベットを続けた。
僕も淡々とディールを続けた。

恐怖も何も無かった。
拳銃で撃たれるという光景は
僕にはまるで想像もできなかったのだ。
現実感を喪ったまま、僕はゲームを続けた。

客がカードを絞る間は
ディーラーは手持ち無沙汰になるのだが、
その間に拳銃を観察した記憶さえある。
本物か贋物かは最後まで分からなかったのだけれど。

ゲームが進み、
彼はチップを全て失って
静かに席を立った。
拳銃を無造作にポケットにしまって。

彼が帰った後、店のケツ持ちがやって来た。
社長から事情を聞いた後、ケツ持ちが僕を呼んで言った。
笑いながらだったから、
そんな深刻なことでもなかったのかもしれない。

「お前が撒いてたの?
極道ってのは行く時は御託は並べないでいきなり行くからな。
だから本気で撃つことは無いだろうけど、災難だったな。
でもずいぶん肝が据わってるじゃねぇか。
今度うちの盆にも借りてこうかな。
うちの盆ならチャカだのドスだの出すやつもいねぇし」

それが僕が会うことになっていた幹部との最初の出会いだった。
ケツ持ちというのは自分がケツを持っている相手には
驚くくらい気さくだし優しいということを、
僕はその時初めて知った。

「ま、また何かあったらすぐ呼んでよ。
こうやって修羅場潜って本物になるんだから
兄ちゃん、頑張って社長儲けさせてやんなよ」

僕は自分の肝が据わっているとは思っていなかったが、
現役の極道にそう言われたことで、
少し調子に乗ってしまった。

オレは修羅場を潜ってるから怖いモンなんか無い。

そんな心理が自分自身の中にはあったと思う。

大間違いだった。


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The Outcasts・10-2

当時、僕はまだ二十代の半ばだった。
ディーラーを始めて4~5年といった時期だったはずだ。
もうかなりの場数をこなしていたし、
技術的にもかなりの自信があった。

その店ではチーフディーラーという立場で
ディーラーの管理と黒服業務の両方をやっていたと思う。
もちろんテーブルに着いてディーラーをやることも
結構あった。新人に任せられないような場面では
入らざるを得なかったと言うのが実情だけれど。

その店で、ある極道を受けていたのだ。
店のケツ持ちとどういう話になっていたかは分からないが、
明らかにその筋と分かる風体なのに、
普通に遊ばせていた。

使いっぷりも結構な羽振りだったように記憶している。
普段はおとなしく遊んで、
勝ったり負けたりを繰り返していたのだが
熱くなると本性と言うか、抑えが利かなくなることがあった。

ディーラーを怒鳴りつけたり、凄んで見せたり。
やはりそうなると流石に現役の極道だから
相当な迫力があった。

手を出すことは決してなかったが
キャリアの浅いディーラーでは
到底場面に入れるような相手ではない。
粗相の無いように、
ベテランが相手をするように自然となっていった。

ある日、その男が一人で遊んでいた。
他のテーブルには客が数人いたのだが、
彼が遊ぶテーブルは彼一人の状態だった。

怖がっていたのではなく、
それは単にレートの違いだったと思う。

彼はずいぶん調子が良くて、
4,500万はチップを積み上げていただろうか。
ところが、僕が入ったシュートで
彼はその大半を失ってしまう。
毎シュートの収支をテーブルごとに記入するのだが、
そのシュートの店のプラスは400万を越えていたから、
相当負け越した計算になる。

次のディーラーに交代する時に、
彼の視線が突き刺さるようだった。

そしてその次のシュートが終わって、
再び僕がテーブルに着くことになった。
彼の手持ちは・・・100万ほどだったろうか。

シャッフルをしている最中に

「この野郎、さっきはぐっちゃぐちゃの目を出しやがって。」

などとブツブツ言っていたのを、
僕は耳の端で聞いていた。
特に何も思わなかった。
勝負なのだから、仕方がない。
ミスの無いように、ディールするだけだ。
そう思っていただけだった。

ところがその次のシュート、
彼はまたしても大負けする。

店と彼のサシ勝負だから、
彼がベットしていない方のカードは
ディーラーが開くことになる。
僕が開くカードは、
絵に描いたように彼の持つ数字の上だった。

8の時は9、7の時は8・・・
8対5という状態で3枚目を引くような場合でも
(つまり1/13の確率でしか負けない)
カードをめくるとそこには4があるのだ。

彼の態度がみるみる荒れてゆく。
チップをベットする時も、
まるで叩きつけるかのようにテーブルに置く。

店の中は静まり返って、
僕がディールする声と、
彼がチップをたたきつける音、
そして時折混じる、お買い上げの声。
シャッフル中に時折覗きに来ていた客はもちろんのこと、
ウェイトレスまでも怯えてしまって
側に寄ってこようともしなくなった。

黒服と、僕だけが彼の目の届くところに存在しているような
そんな時間が過ぎていった。

そしてシュートも終わりに差し掛かった時、
そのシュートだけで何回目かのお買い上げをして、
そのチップをそのままベットした彼は、
カードを絞りもせずに放り投げた。

「プレイヤーはスタンディング・セブン」

カードを拾い上げてコールした後、
今度はバンカーのカードを自分で開く。

「バンカーサイド、カードオープンいたします。
・・・バンカーはスリー」

そして3枚目のカードを僕が出そうとした瞬間、
彼が口を開く。

「ちょっと待て」

そして彼は上着のポケットから何かを取り出して
それをテーブルに置いた。
黒く光るそれが何か気づくのに、
そう時間はかからなかった。


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The Outcasts・10

日本のアングラカジノの歴史は
元を辿ればやはりそれまでの「博徒」に始まるのだろう。
用語やしきたり、行儀や作法に至るまで
その影響を実に色濃く残している。

日本の「その筋」にもルーツになるものがあって、
テキ屋系や、愚連隊の発展系などいろいろあるのだが、
中には「博徒系」とも言えるような組織もやはりある。

だから「その筋」が自分でアングラカジノを経営するケースも
決して少なくは無いのだが、
上記の経緯を考えれば、自ら経営していなくても
その影がちらつくのはむしろ必然と言えるかもしれない。

店のケツ持ちだけでなく、客としても出入りするケースは
やはり少なからずあるのだ。

もちろん、基本的に堅気の人間しか受けないのだが、
オーナーの意向次第では、そういった現役の極道を
客として受けるケースもままある。

一般的に極道と言うのは、
一見してそれと分かる風体をしていることが多い。
指の欠損、入れ墨の有無、所持品や言動・・・
手がかりは幾らでもある。

そして一度受けてしまえば、
仲間や知り合いの極道を呼んできて
気付けば極道ばかりになって
「ヤ○ザ箱」の様相を呈してしまうことも結構ある。

そうなると堅気の客は
恐れて寄りつかなくなりそうなものだが、
気にしないで遊ぶ客も決して少なくは無い。

アングラカジノに出入りしている時点で
堅気とは言え、少なからずつながりがある人間も
やはり相当数いるからだ。

盆で堅気(胴元は含まれない)に迷惑をかける、というのは
渡世人にとってはやはり誉められたことではないから、
舐めた態度をとらない限り、別に恐れる必要は無いのだ。

もちろん何かの拍子にトラブルに巻き込まれることもあるから
近づかないのが賢明なのだが、
不思議なことに、そういう任侠の雰囲気を好む客もいる。
自分にもケツ持ちのような存在がいれば、
尚更恐れる必要がなくなるわけだし。

特に歌舞伎町のような、巨大な繁華街においては
ドコドコの縄張り、といった線引きも曖昧になってきて
地回りに話を通せば、どこの組がシノギをかけようが
あまり関係なくなってきているから、
微妙なバランスが保たれるようになってくる。

それこそ、ビルのテナントごとにケツ持ちが異なる
という状況も特に珍しくはなくなってくる。
猥雑で危険で、それなのに魅力的で・・・
歌舞伎町と言う巨大な繁華街の側面の一つだろう。

店のケツ持ちをどこに頼むか、というのは
基本的にはオーナーのつながりで決定されるが、
稀にオーナーが表には出てこない関係で
こちらで決めなければいけないことがある。

そんな時はどうしても、かつて縁があったところに
頼んでしまうことになりやすい。

その時も、こちらでケツ持ちを決めることになり、
僕はとある「その筋」の幹部と連絡をとることなっていた。
ちょうどそろそろ師走の声を聞く頃の話だった。

できればこういうのは
オーナーサイドで決めてくれるのがいいのだけれど、
これも仕事みたいなものだから、
嫌々ながらも風林会館の喫茶店で相手を待ちながら、
僕はその幹部と最初に出会った頃を思い出していた。


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The Outcasts(読切り短編)01~10 |

The Outcasts・9-3

リピートしたTとその仲間たち。
僕のファイルに無かった人物像。

それは僕がちょうど帰ろうとしていた時だった。
エレベーターのところで、偶然彼らとすれ違う。

「あ、いらっしゃいませ。ちょうど三人座れると思いますよ。」

そんなことを言いながら、彼らを店内へ通すべく一緒に店に戻る。
べったり接客に付くほど重視はしていなかったが、
大事なリピーターなので、軽く世間話をしてからその日は帰った。

次の日、出勤して日報を見た時に僕はひっくり返った。
何と、Tは50万も負けて帰っていたのだ。
途中経過では100万以上使っていたらしい。
100万使って、半分戻したところで帰れる客というのは
実はそれほど多くない。

だいたいは全額戻そうとして全部負けるか、
幸運であれば浮きに入ってやめるかのどちらかなのだ。
割合はもちろん前者が圧倒的に、多い。

Tが100万以上使ったこと自体も驚きだが、
50万の負けを受け入れて帰れることにも
僕は相当驚いた。

よほど博打を打ち慣れているか、
よほど大金持ちかのどちらかだからだ。
ごく稀に、大事な用事がある場合もあるのだけれど、
ちゃんと優先できるだけでもなかなか難しいことなのだ。

翌朝まで待って、朝番の黒服に様子を尋ねる。
どんな風に遊んで、どんな風に負けて帰ったのか。

「いや、驚きましたよ。
突然、5点とか張るんですよ。
連れはすぐ溶かして(負けて)しまって、
ソファでごろごろしたり、飯食ったりしてたんですが、
T君はもう完全に普通の客でしたよ。てか、それ以上ですよね。
帰る時も別にそんなに熱そうじゃなかったですしね。
ものすごいボンボンなんですかねぇ。」

その話を聞いた後も、僕はまだ見誤っていた。
ボンボンが小遣いを使ったんだろうという程度にしか
考えていなかったのだ。

月に50万から100万を落とすような客の一人になればいいなぁ。
僕はそんなことを思っていたのだ。

大間違いだった。

Tは週に3~4回のペースで来店するようになり、
勝負の額も200から300万の間でするようになったのだ。
となると今度は不安が出てくる。
その金はどこから出てくるのだろうか。

ホストであれば、当然仕事の影が見えるはずだ。
電話がかかってきたり、身なりもそれなりの時があったり。

明らかに裏の人間ではないのも
もうその頃は分かっていた。
アングラカジノで、煙草はともかく
料理や飲み物に金を払おうとする裏の人間はいない。
芝居にしても大げさ過ぎるのだ。

やはりボンボンが親の金を使い込んでいるのか、
厄介なことにならなければいいなと
内心で不安を感じながらも、
Tを受け続ける日々が続いた。

そしてその月のTの負け額はなんと800万にも上った。
店で1,2を争う上客である。
文句を言ったり、特別扱いを要求することも一度もなかった。
八つ当たりしたりすることも、なかった。

おこぼれに預かろうと媚態を見せる外国人ホステスにも
一度もいい顔をすることもなかった。

ただゲームに熱くなって、大負けして帰る、
その繰り返しだったのだ。

連れはそれに比べれば見たままのコシャである。
場合によっては1点しか使わないこともあった。
店としてはこういうケースは
3人全員に同じ対応をすることになる。
使わない客だからと言って、
食事や煙草の提供を拒んだりは絶対にしない。
3人で1人だと思えばいいことなのだ。

連れが店を気に入ってくれれば、
Tも来易くなるだろうという期待ももちろんある。
Tのことをうまく聞き出したいという目論見もあった。
大したことは聞き出せなかったのだが。

その後数ヶ月にわたってTは来店し続け、
負けのトータルは5000万を超えた。
この額までくれば、もう小遣いではない。
親の金をくすねているということもない。

そういうレベルの額ではないのだ。

ではその金はどこから来ているのだろうか。
連れとの経済的ギャップ、負けの受け入れ方などを
黒服と話して推測してみた限り、
親の遺産か宝くじだろうという結論に至った。

他にそれだけの金を手にできる理由がないのだ。
問題の無い金であれば
出所などどうでも良いというのも事実なのだが、
自力で掴んだ金であれば、
もう少し悔しさを露にしたりするはずだ。

けれどその答えはついに判明することは無く、
店は摘発の情報を掴んで、閉店を余儀なくされた。

長いことカジノの世界にいて、
客の経済力を見抜くことには
それなりの自信があったつもりだった。
服装、アクセサリー、所持品、立ち居振る舞い・・・
経済力と言うのはどこかしらに現れると思っていた。

ところがこういう客も存在するのだ。
最初に見た時には、全く想像もできなかった。
何と言っても危うく追い返すところだったのだ。
もし追い返していても、何も思わなかっただろう。

世界は広く、空はどこまでも高い。
自分の器で測れる物事ばかりでは、ない。

そして数ヵ月後。
高田馬場の繁華街の交差点でTを見かけた。
ギターケースを抱えて、
酔った女の子と肩を組んで歩いていた。

足元をふらつかせながら横断歩道を渡るその姿は、
そこらじゅうにいる若者と何の違いもなく、
僕は車の中からそれを眺めて、
己の不明をただ、かみ締めるだけだった。

けれどその次に同じような人間が来たら
今度は断ろうと思った。
Tのような人間が
二人もいるはずが無いからだ。

統計的に正しいかはもちろん分からないけれど。


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The Outcasts・9-2

ある夜更け、突然現れた若者たち。
不審がる僕に話しかけてきた、細く長身の青年。

「あの、すいません。」

おずおずといった感じの口調である。
道でも尋ねたいのだろうかと思って初めて正面を向く。
彼はそんな僕を見て、質問を投げかけてきた。

「あの、カジノで遊びたいんですが、
カジノの人ですか?」

見ず知らずの人間にそんな質問をされて
はいそうですと答えられる業種ではない。
とりあえず当たり障りの無いように、答える。

「カジノ?どこかで聞いてきたんですか?」

こちらがカジノの人間だとも、そうではないとも言わずに、
紹介者や情報源を尋ねる聞き方をする。
答えは先送りできる範囲で先送りするのが、
言わばシキテンの常識だ。
どの程度分かって来ているのか、それも知りたい。

彼はこちらの対応を不審がるでも無く、すぐに答える。

「あ、スロットに並んでる時に、
周りの人に聞いたんです。
このビルに来れば、下にお店の人がいるからって。
その人も良く来るって言ってました」

話の辻褄は、合う。最近のスロットで動くお金と、
カジノで動くお金は、一部ではあるが重なっている。
カジノで遊ぶ人間が、スロットもやるのは
特段おかしなことでは、ない。
けれどそれだけでは弱い。

「ははぁ、そうですか。なるほど。
なんて人がそう言ってたんですか?」

まだ、答えはぼかす。
答えがおかしいようであれば、
いやぁ、そんな話は聞いたこと無いですねぇと言って
追い返すだけである。
もちろんその間も観察は続けている。

するとその青年は困ったように返事をする。

「いや、それが名前は聞いてないんです。
でも、行けば何とかなるかなと思って」

その返事を聞いて、内心で合格を出す。
本当に出鱈目を言って入ろうとする人間であれば、
おそらく適当な名前を持ち出すだろう。
佐藤とか中村とか、そういったありふれた名前を出してきたら、
その名前の人物が特定できない限り、断るつもりだった。

逆に知らないことを知らないと言うあたりは、
年齢通りの反応だ。少なくとも、この世界に慣れてはいない。

客が少ないから入れてもいいかな。

心の中でそう思うが、
もう一つ問題点がある。

未成年かも知れないのだ。

風俗営業の許可を取った店であれば、
年齢制限は18歳である。
さすがに高校生には見えないから、
18以上ではあるだろう。

ところがこちらはアングラの店なのだ。
未成年を入れたところで、
風営法の問題を気にする必要は無いと思われるかもしれないが、
親の金などを持ち出すようになったら、
未成年者の行為の取り消し云々を抜きにしても
後々問題になる恐れがある。

どんな親でも、自分の子供が
アングラカジノに嵌ったりすれば、
通報するのが普通だからだ。

一瞬の間にその判断を決めなければならない。
さらに質問をする。

「なるほど。ちなみに未成年じゃないですよね?」

青年は即答する。

「あ、違います」

さらに追い討ちをかける。

「上で会員証を作る時に、
身分証で年齢の確認をさせていただくかもしれませんけど、
それは大丈夫ですか?」

本当はそんなことはしない。
でも、こう言ってみて反応を探ってみるのも一つの手なのだ。
もし未成年であれば、この時点で何らかの反応が出るはずだ。
今日は持ってないとかなんとか。

青年はそれにも即答する。

「あ、大丈夫です、持ってます」

その態度を見て、入れることにする。
おそらくそんな大金を使う客ではないだろうが、
店も暇だからまぁいいだろうという程度の感覚だった。
そんなことを思いながら、改めて店内に連絡をして上に上げる。
彼らがエレベーターに乗り込むのを見届けて、
PHSで店内の黒服に言う。

「ま、たぶんその辺の小僧だと思うんだけど、遊ばせて見て。
コシャくてもいいよ。サクラよりましでしょ。
ガジリだったら帰りに断って」

コシャい、というのは「小者」の隠語で
小額しか使わない客のことを指す。
ガジリとは違って、サービスを持って帰ろうとかは思ってないので
店にとってはそれほど捨てたものではない。

しばらくして、店から折り返しが来る。
遊び方を尋ねると、笑いながら黒服が言う。

「一人は普通に遊んでますけど。
二人はソファにおいてある菓子、みんな食っちゃいましたよ」

まぁそうだろうな、僕も苦笑いしながら頷く。
念のために、好きなだけ食べさせるように、
まだ腹を減らしているようであれば食事も勧めるように伝える。
それくらいケチったところで、たかが知れているからだ。
だったらケチケチしてしょぼい店だと
他の客に思われたくないのだ。

VIPに比べれば使う金は1割以下でも、
小さい客をしっかり選別して掴むのも大事だと
僕は考えていた。
何と言っても、呼ぶのに金はかからないし、
負けても文句もそれほど言わないのだ。
客商売である以上、店が賑わっていた方がやはり見栄えもいい。

その数時間後、彼らは三人で28万のお買い上げをして、
27万円をアウトして帰った。
三人のうち二人は、5万と3万のお買い上げだったから
サービスも出していない。もちろんガジリではない。
残りの一人が僕に話しかけてきた青年で、Tという名前だった。
10万を買って、追加も10万したのだから、
まぁそんな酷い結果ではない。
1万しか落とさなかったのは、ただの結果論だ。

大方スロットでバカヅキでもしたのだろう、
またそのうちスロットで噴いたら来てくれればいいか。

僕はそんなことを思いながら数日間を過ごしていた。
そして数日後、彼らが再び来店し、
僕は思いもかけない出来事を目の当たりにすることになったのだ。


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The Outcasts・9

店を新たに立ち上げてしばらくの間が、
アングラカジノにとって一番厳しい時期である。
自分が呼べる客には限りがあるので、
どうしても新規客を獲得したい一方で
ガジリや筋の悪い客は排除したいという
二律背反に近い命題が常に付いて回るのだ。

その時も、やはり日々苦労していた。
サービス券を配って回ったり、
歌舞伎町界隈を徘徊して
知っている客との偶然の出会いを探すといった、
当ての無い作業を繰り返していた。

当ての無い、と言っても、
ポイントさえ間違わなければ
この徘徊と言う行為は捨てたものではない。

歌舞伎町であれば、風林会館の周辺は
知った顔が通る可能性はかなり高い。
あるいは、九州ラーメンやリー3ビル界隈、
愛本店の周辺あたりも、同様である。

知った顔を見かけたら
「あ、どうも。ご無沙汰です。」
といった世間話的な挨拶から始まって
カジノに関する噂話をしたりしながら
自分の店に来てもらうように仕向ける。

「今、○○ビルの▲階でやってるんで
良かったら今度覗いてくださいよ。
週末だったら結構いい場面になるんで。」

などと言ったりして、サービス券やショップカードを渡すのだ。
場合によっては、その足で来てくれることもある。

「なんだよ、じゃ行ってみるか。
今はどうなんだ?」

などという具合で食いついてくれればしめたものである。
そんなことを考えながら、しょっちゅうぶらついていた。

それとは別に、シキテンという形で
店の外で立っていることもある。
店のすぐ側で見張りをする仕事なのだが、
知った顔が通ると、声をかけて連れ込むと言うのも
シキテンの大事な仕事である。

そういう意味で、歌舞伎町が長く、
客の顔を良く知っているシキテンと言うのは、
結構どこの店でも重宝するのだ。

けれどそういうシキテンはそれほど数が多くは無いから、
黒服を外に出したり、自分が外に出たりすることになる。
シキテンが知らない客が来た場合には
どうせ外に出て対応しなければならないのだから、
最初から外にいても同じようなものなのだ。
店を開けた直後であれば尚更である。

Tが最初に来店した時も、
ちょうど僕が外に出ていた時だった。

深夜3時頃、店が入っているビルの下に男が数人でやってきた。
歌舞伎町ではどんな人間が歩いているかわからないので
目を合わさないようにしながら観察する。
場所もビルの真下から、
道路を挟んで斜め向かいに移動する。
じろじろ見ていると思われただけで
余計なトラブルを生みかねない街なのだ。

彼らは少し辺りを見回していたが、
僕の姿を目に留めると近寄ってきた。

私服刑事やヤクザであった場合に備えて、
専用のPHSを店につなぎそのまま胸ポケットに入れる。
これはトランシーバ代わりに使っている。
インカムだと夜はキャバクラの呼び込みも使っているから
怪しまれないが、昼間は怪しすぎるのだ。
だったら最初から別の手段を考えておいた方がいい。

とりあえずそれをつないでおけば
やり取りは店内の黒服に聞こえる。
何かあってから連絡できるとは限らないから、
つないでさえおけばトラブルの際には適宜対処するだろう。

近寄ってきた彼らを見て、少し安心する。
どう見てもそういうアブナイ連中ではない。
というか、その辺の居酒屋にいそうなオニイチャンにしか見えない。

歌舞伎町のアングラカジノに仲間だけで来る若者と言えば
ホストやサパークラブの従業員かカジノやゲーム屋などの従業員、
もしくは闇金融や風俗産業の人間だ。
いずれにしても、だいたい見ただけで当たりは付く。

けれど彼らはそのいずれにも属していなかった。
年の頃は、どう見ても二十歳そこそこである。
ホストが醸し出すような、
水商売の雰囲気も身なりも感じないし、
同業の人間のような事情通の顔もしていない。
まして刑事や極道の雰囲気ではない。

すばやく見て取ると、細身でパンク風のファッションである。
指につけたシルバーアクセサリー、
やたら幅の広い黒革のベルトとゴツいバックル、
鋲の付いた革ジャン。
そしてつま先の丸いロンドンブーツ。

そう、言ってみればバンドをやっているような青年たちなのだ。
学園祭の帰りと言っても通用しそうな雰囲気だ。
とても歌舞伎町で遊ぶようには見えない。
少なくともアングラカジノに出入りするようには到底見えなかった。
言ってみればコマ劇周辺から迷い込んできたような感じである。

大体において、僕の知っているバンドマンは
ほとんどが「極」の付く貧乏だ。
金があったら、まず間違いなく彼らは飲み食いか音楽に注ぎこむ。
博打に嵌まりながらバンド活動を出来るようなバンドマンなど、
ごく一握りの有名人ぐらいなものだ。

それだけに却って薄気味が悪く、
こちらからは話しかけずにそっぽを向いて煙草に火をつける。
聞きたいことがあれば向こうから話しかけてくるだろうし、
それから対応を決めても遅くないタイプに分類されるだろう。
緊急を要することはまずあるまい。

すると彼らは道路の向こう側でしばらく躊躇っていたが、
やがて彼らの中で一番背の高い青年が道路を渡って話しかけてきた。


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The Outcasts(読切り短編)01~10 |

The Outcasts・8-2

ようやく純益の領域に入った月に起きた事件。

初期投資は回収できたわけだから、
その月から純益になるわけだが、
そんな時に限って数字が伸びない。

平均を取ればカジノの抜け率というのは
だいたい15~20%くらいはあるものなのだが、
その月は10%ちょっとしかなくて
Sにはネチネチと責められた。

「ディーラーが弱いねぇ。
強いディーラーがいればもっと上がるのにねぇ」

知らん顔で受け流したが、腸は煮えくり返っていた。
間の悪いことに、その月も残りわずかという時期に
店が連敗した。
それ自体は致し方の無いことだ。
勝つことばかりではもちろんない。

もちろんその月の経費分は上がっているし
特に異常な数字というわけでは無いのだから
少しでも利益が出れば、
それで良しとしてもらわなければならない。

そんな時に、オーナーから連絡があった。
出勤前でまだ寝ている時間帯だったが、
今すぐ出て来いと言う。

何事だろうと思って、指定された場所へ向かう。
そこへ着くと、オーナーとSがいた。
挨拶をしてもオーナーは腕組みをしながら不機嫌そうに黙っている。
するとSがある紙を見せながら、僕に言った。

「いやね、あまりに店が弱いから、
俺なりに数字を集計してみたんだよ。
そしたらあまりにひどい結果が出てきたから
これはオーナーに報告しないといけないと思ってさ」

そんなにひどい結果ではないはずだ。

僕は釈然としない思いで、Sの弁を聞く。
カジノの経営に過大な期待を持っている人は決して少なくないが、
このオーナーはそんなことはなかったはずだ。
やはり欲が出てきて不満になってしまったのだろうか。
だとしたら、その誤解は解かなければならないだろう。

特に不正が無いのであれば、
これはこれで納得してもらわなければ現場はやってられない。

僕がそう言おうとした時に、オーナーが口を開く。

「君はさ、店を始める時に俺に何て言った?
2ヶ月見てもらえれば結果は必ず出します、
数字を見てもらえれば分かると思います、
そう言ったよな?」

勝負事だから「絶対」とか「必ず」ということを
僕が言うはずは無いのだが、確かに似たようなことは口にした。
でも実際にその通りの結果は出したはずだ。
怪訝な気分でオーナーを見つめる。
オーナーはさらに話を続ける。

「君が言うように、2ヶ月で最初に投資した分は回収できた。
でも今月の数字がこれじゃ、また赤字に逆戻りじゃないか」

「え?赤字?」

僕は思わずそう聞き返した。
赤字と言うことは無いはずだ。

「そうだよ、だって抜け率がマイナスってことは
全く抜けてないっていうことだろ?
なら今月の経費は丸々赤字だってことじゃないか。
これで不正は無いからなんて言われても誰が信用するんだ?
とりあえず店に置いてある記録は全部チェックし直すから」

僕は耳を疑った。
抜け率がマイナス?
ということは客がチップを買った額よりも
換金して帰った額の方が大きいということになる。
お買い上げの総額が3億であれば3億以上アウトがあるなんて
幾らなんでもあり得ない。

それにオーナーの口調から考えると、
僕は「ヨコ」を疑われているのだ。
体が熱くなり、拳がいつの間にか固く握り締められる。
僕は流石に黙っていられなくなった。

「抜け率がマイナスっていうことは無いはずですが。
僕の計算では10%くらいは抜けているはずです」

するとSが口を挟む。
いかにもオーナーの忠臣といった顔つきだ。

「いいや、俺は毎日数字を拾ってパソコンで管理してるんだ。
今月の抜け率は明らかにマイナスだ。
ほら、見てごらんよ。動かぬ証拠がここにあるから」

そう言ってSが差し出した紙を見る。
エクセルで集計されたと思しき表がプリントアウトされている。
その日その日のイン、アウト、サービス、台毎のトータルに加えて
右端に、パーセンテージが記されている。
一番下段にある数字は確かに赤く、マイナス数%になっている。

そんなはずは、そう思ってその日ごとの数字を眺める。
僕も同じ作業を毎日やっているから、
大体の数字は頭に入っている。

イン、アウト、トータル・・・
僕の記憶と明らかにずれている数字はなさそうだ。
ならば何故抜け率がマイナスになるのだろうか。
僕はインのトータルとアウトのトータルの数字を拾い、
電卓で抜け率をその場で計算した。

・・・10・3%。

僕が思い描いていた数字と大体同じになった。

「あの、これ数字がおかしいです。
今計算してもこの数字にはなりません」

その言葉を聞いて、オーナーの表情が少し変わる。

「どういうこと?Sの計算がおかしいってこと?」

Sの顔が紅潮する。

「そんなはず無いよ。エクセルで計算してるんだから。
コンピューターが間違うわけ無いじゃないか」

Sの主張には耳を貸さずに、僕はオーナーに言う。

「いいですか?インのトータルが○○、
アウトのトータルが△△ですよ?
この時点で明らかにインの方が多いですよね?
そしたら抜け率がマイナスってことには絶対になりませんよ」

オーナーはしばらく表を見ていたが、すぐに理解した。
Sも横から見ていたが、自分のミスにようやく気づいたようだ。

「あれ?本当だ。おかしいな。
じゃなんでマイナスになったんだ?」

僕はしばらく表をチェックしていて、ようやく気づいた。
その日その日で、抜け率を右端に集計してあるのだが、
その数字は日によって黒字の時もあるし赤字の時もある。
これ自体は当然のことだ。
店が負けることだってもちろんある。

ところが一番下の集計は、横の計算ではなくて
縦の平均の数字なのだ。
つまり30%と10%と5%をそのまま足して
3で割っているようなものなのだ。
分母が等しければそれでも正しい数字は出るが、
インの数字はその日によって当然違う。

パーセンテージをそのまま平均するということは
1/2と3/4と3/5を足して7/11として、3で割るようなものだ。
正しい数字になるわけが無い。

さらに、店がマイナスした日と言うのは追加のインが伸びないから
必然的に抜け率のマイナスも大きくなる。
100万のインで、アウトが200万だったら
単純なマイナスは100万だが、
抜け率にするとマイナス100%になるのだ。

普段の抜け率が10%そこそこだとすると、
こんなマイナスの抜け率をそのまま平均を取られたら
マイナスの抜け率にならない方がおかしい。

僕の説明を聞き終わると、オーナーはSを怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎、いい加減な仕事しやがって」

そして僕に向かって照れ臭そうに謝罪の言葉を口にする。

「悪かったな、いきなり呼び出して。
俺もちゃんと見れば良かったんだけど、
赤い数字見たら頭に来ちまってさ」

オーナーに怒鳴られて縮こまっていたSも頭を下げる。
先ほどとは打って変わって僕に媚びるようなその態度からは、
僕への謝罪の気持ちよりはオーナーへの恐怖を感じさせる。

ここで僕は逡巡する。
声を荒げてSの責任を追及し、外してくれと言ってみようか。
この鬱陶しい小姑のような男を外すには、
今が最大にして唯一のチャンスかもしれないのだ。

けれど僕はその考えをしまい込み、別の作戦を取ることにする。

「いえいえ、とんでもないです。
今月は少しもたついたもので、オーナーやSさんにも
ご心配かけて申し訳ないです。
今月の残りはもちろん、来月は頑張りますので、
Sさん、今後もいろいろアドバイスをお願いいたします」

こう言えばSの顔も立って、
少しは目の敵にされないようになるだろうとか
こっちの味方にしてしまおうとかいう打算が
僕の心に無かったわけではない。

けれど、何よりも僕が思っていたのは、
Sのような男と同じレベルに降りたくないということだった。
安心したように別の話をし出すSを見ながら感じた感覚は、
ただの自己満足ではないと、
僕は、今でも信じている。


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