The Outcasts・10-6
男の手の先にある物体はすぐに分かった。
「んだよてめぇ。
人が下手に出てりゃ偉そうに。
ここでやっちまうぞ、こら」
握られていたのは、刃渡りが30cmはあろうかという柳刃包丁だった。
シャンデリアの光に照らされて、ギラリと光る包丁を見て
僕は息を呑んだまま、その場に立ち尽くした。
言葉が出ないどころか、その場から動くことさえ出来なかった。
拳銃を見ても普通の精神状態から
さほどかけ離れていなかったはずなのに、
包丁を見ただけで、僕の平常心はどこかに行ってしまったのだ。
男は包丁を振り回して
言葉にならないことを喚き散らす。
それを見た女性客が、悲鳴を上げる。
それほど客の多い時間帯ではなかったが
店内は軽い騒ぎになった。
キャッシャーから社長が飛び出してきて、
男に声をかける。
その内容は僕の記憶からすっぽりと抜け落ちている。
気づいた時には、男は店の外に出ていた。
社長とケツ持ちが外で話していたのだ。
いつの間にか客もそれまでと同じようにゲームを続けていた。
ただ僕だけが休憩室に入れられて、
茫然としていただけだった。
社長が戻ってきて、外の喫茶店に連れて行かれる。
僕が入ると社長は椅子を勧めて、詳しく話を聞かれた。
店のケツ持ちも一緒だった。そこで初めて気づいたのだが、
以前の店と同じケツ持ちだったのだ。
僕が一通り事情を説明すると、社長はうなずきながら言った。
「ま、間違ってはいないんだけどな。
でもよ、考えてみなよ。
あの客にとったらお前なんか息子くらいの歳なんだぜ。
そんな若僧にピシャッと撥ねつけられてみろ、そりゃ切れるって。
なけなしの銭を無くしちまったんだから」
「それで、どうしたんですか?」
僕が尋ねると、社長は小声で言った。
「俺がポケットマネーから5万くれてやったさ。
こっちに出てくることがあったら返してくれればいいからって。
まぁ戻ってこなくたって仕方ないだろうな」
「すいません」
うなだれて謝る僕に、ケツ持ちが言った。
「ま、でもあんなもん振り回されて災難だったな。
チャカだのドスだのっていうのも付き物だけどよ、
チャカよりドスの方が怖ぇだろ?」
確かにそうだった。あの包丁の鈍い銀色の光は
刺された時の痛みまでも容易に連想させるのだ。
僕がうなずくとそのケツ持ちは笑って言った。
「まぁ、堅気の人間には、
チャカが本物でも贋物でも分からないもんな。
でも刃物は分かるだろ。だから怖いんだよ。
いきなり鞄の中身見せられて
これが原爆だって言われても誰もピンと来ないけど、
爆竹山盛り見せられたら、結構おっかないだろ?
それと一緒だよ」
・・・あれからずいぶん時が流れた。
世間知らずの生意気な小僧も、三十路を越え
所帯を構えるようにまでなった。
ふと気づくと待ち合わせの相手がやってきていた。
改めて見ると、当時に比べればやはり歳をとった。
短く刈り込んだ頭には、白いものが混じっている。
店の場所、オープンの日程・・・
事務的に話を進め、手付け代わりに半金を渡す。
軽くうなずいてからそれを内ポケットに突っ込んで
彼は立ち去り際に言った。
「ウチの方に何か情報が入ったら電話するから。
まぁ、十年以上やってんだから、
あんまりウチが出る幕は無いだろうけど」
彼は喫茶店を出て行った後、
一人席に残って、冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
彼が言う通り、一通り経験した今は
流石に簡単には動じなくなった。
僕が身につけた経験という名の防具。
代わりに失ったものを一つ一つ数えあげることさえ
僕にとっては簡単なことではないけれど。
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