リア充
少し前の福地先生の記事を見て、
ちょっと思うところがあって、それをずっと考えていた。
年の最後でもあるし、今年お世話になった雑スレの人々へ向けて
自分の思うことを書くのもいいかなと思って、書いてみる。
ネットの世界では、敬語なんてものはあまり意味が無いから
(せいぜい丁寧語くらいで、尊敬語や謙譲語を使うと
逆に煽っているんじゃないかと思われかねない)
どうも友達みたいな感覚になってしまうけど
実際にはネットでは一回り以上も若い人たち・・
もう自分の半分くらいの年齢の人たちと会話をしているわけだ。
ネットの世界で自らをニートだとか引きこもりだとか
あるいは童貞だとか自嘲気味に話す彼らが
本当のところどうなのかは、もちろん僕には分からない。
もしかしたら、ネタや設定でそう書いている人もいるのかもしれない。
けれど、間違いなく、それくらいの年代の人の多くが
これからの人生について悩んでいるのは事実だろう。
仕事に対して夢や希望を持ちにくく
成功というものが経済的な裕福さを基準とするものに偏っている今、
まだそれを手にしていない彼らの中に
対人関係(特に異性か)に失望感や苦手意識を持つ人がいるのは
もしかしたら自然な成り行きなのかもしれない。
だから、今回はそういう人がいるという前提で書く。
福地先生も僕も既婚者だし、子供もいる。
一応経済的に自立できるだけの仕事もしている。
だから、定義の上では僕もリア充なんだろう。
でも、アンダーグラウンドの世界にいた僕は
若い頃はものすごくやさぐれた人間だった。
なぜアンダーグラウンドの世界に入ったのかといえば
それは取りも直さず経済的な(見かけの)裕福さを求めたからで
裕福さが人間の評価になる傾向は
普通の世界よりもむしろ遥かに色濃かった。
異性もそうだ。
あの世界で、金の無い男がリア充になることは有り得ない。
金があるかどうか、がほとんど前提なのだ。
ルックスや中身はその次の話だ。
だからみんな、目の色を変えて金を求める。
人間関係を維持するかしないかの決め手は
「こいつと付き合っていて、美味しい思いができるか」
これに尽きてくる。
そういう目でずっと見られていると
人間はやっぱりおかしくなる。
みんな、アンダーグラウンドの世界の住人は
別世界の人間だと思ってるかもしれないけど
まともな発想をする人間だっていないわけじゃない。
ただ、そういう人間は逃げ出すか病むかどっちかなのだ。
僕はそこまで病まなかったかもしれないけど
でも、相当やさぐれてたとは思う。
初対面の人間と会う時は必ず
「こいつは俺を騙そうとしていないか」
「こいつと利害は一致しているのか」
そんな観点ばかりで見ていたから。
で、妻と出会った。
妻は、アングラの世界とはまるで縁の無い女だったが
何故かはわからないけど、僕がその世界の住人だと知っても
全く引きもしなかったし、何も言わなかった。
もちろん、僕の収入が幾らかなんてことも訊かなかった。
僕は当時、かなりいい収入は得ていたけれど
金遣いは全然派手じゃなかったし
財布にはせいぜい5万くらいしか入れていなかった。
アクセサリーやファッションにも金をかけたりはしなかった。
多分そんなに金を持っているようには見えなかったと思う。
だから、なんで彼女が僕と生活を共にしようと思ったのか
実のところ今でも僕は分からないのだけれど
アングラの住人のまま、僕らは結婚してしまった。
「万一のことがあったら○○から電話が入るから
そしたらこの封筒をすぐに投函してくれ」
なんてことを頼んだりもした。
(中には店の詳細な数字が入ったディスクが入ってたりしたわけだ)
もちろん僕は妻のことを信用していたけれど
仕事の話は一切家ではしなかった。
愚痴なんて絶対にこぼさなかった。
仕事で知り合った人間を紹介することもまずしなかった。
家庭の様子をあの世界の人間に見せるなんて、
弱点を晒しているのと同じだと思っていたから。
普通の社会人は、同僚と仲良くなったりして
家族ぐるみの付き合いなんかをする場合もあるんだろうけれど
僕はそういう友人をほとんど作らなかった。いや、できなかった。
夜に動く生活だから、学生時代の友人とも疎遠になっていくし
他の世界となんて接点は無いから、新しい友人なんてものも出来ない。
作ろうと思っても、自己紹介した時点で向こうがドン引きだ。
ものすごく閉じた人間関係の中で僕は生きていたわけだ。
それでも、妻と過ごしたおかげで
そして幼い子供を見ることで、
僕はやさぐれてばかりもいられないよなと思うようにはなった。
実は、娘は言葉の発達がちょっと遅くて
ある専門医に発達障碍の可能性を示唆されたりもした。
この子が、何とか幸せな人生を送ってくれれば、
そういつも思ってきた。
だから、地上におずおずと顔を出した部分もある。
幸い、娘は時間が経つにつれて、
個性の範囲と思えるくらいには成長してきて、
今では普通に学校に通っている。
でも、そういったちょっとした障碍であっても、
世の中の偏見を考えると暗澹とした気持ちにはなった。
他人の善性を無邪気に信じるような価値観を
僕はまったくと言っていいほど持っていなかったから。
正直、今でも、そういった考え方はところどころに残っていると思う。
だから、下らない偏見を口にする人間に対して
僕はオトナゲないと思いつつも、ものすごく憤りを感じることがある。
福地先生の言うように、年齢を重ねても脱皮できるわけではない。
少しずつ変わろうと思うだけだ。
結果的に変わっていれば御の字だ。
だから、僕の半分くらいの年齢の彼らに何か言うとしたら
人生はそんなに劇的には出来てないってことだ。
いっぺんになんて変わらないし変われない。
逃げていても、隠れていても、それはそれで仕方が無い、
まずそれを受け入れていくしかないんだと思う。
その上で、何かちょっと変えてみようかなと思えれば
気が向いたときにやってみればいい。
うまく行かなくて、また逃げたくなっても
それはそれでしょうがない。別に失敗したっていいんだ。
でも、人は無残な失敗をするよりは、
小さくても成功する体験を積み重ねていった方が幸せだと思うので
なるべく簡単そうなミッションからやっていくことは結構大事だ。
地上に出てきた僕の最初のリハビリの相手は
言葉もろくに話せない三歳児が相手だったんだから。
ということで、誰かに向けて書くというよりは
自分に向けて書いたような文になってしまったけれど
皆さん、良いお年を。来年もよろしくお付き合いのほどを。
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コメント
さくらこさんのブログは同じ子を持つ者としてすごく共感できます。
来年もよろしくお願いします。
投稿: このきー | 2008年12月31日 (水) 19時08分
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新春の天鳳イベント、楽しみですね~。
投稿: まっちゃ | 2009年1月 1日 (木) 05時05分
>このきーさん
天鳳は若い人多いですけど
パパ同盟として頑張りましょうね。
>まっちゃさん
こちらこそよろしくお願いします。
イベントはどんどんやってほしいですね。
投稿: 管理人 | 2009年1月 2日 (金) 23時55分