「ちょっと待った!今のところもう一回だ」
ニシムラが叫んだ。
僕は慌てて巻き戻しのボタンを押し、
数分前まで画面を戻し、もう一度そこを再生した。
そのゲームはプレイヤーに一人・・一番若い男だ・・が10万ほど張り、
残りの二人がバンカーに40万張っていた。
カードが4枚出され、それぞれに渡される。
絞り終わったカードを見ると、
2枚では勝負は決まらず、それぞれ3枚目のカードを引く数字だ。
ディーラーがプレイヤーとバンカーにそれぞれ3枚目のカードを渡す。
プレイヤーのカードを絞ろうとした時に、
反対側に座っていた男が声を出したらしく、皆がそちらを向く。
そしてプレイヤーのカードを絞り終えた男が
自分のカードを腹立たしそうな仕草でディーラーに返した。
3枚の合計は勝ちがなくなる0だ。
そしてバンカーに張っていた二人が嬉しそうに自分たちのカードをめくる。
0になればドローだが、合計は6になっていた。
この勝負でハウスはコミッション込みで28万マイナスしたことになる。
ディーラーがチップをつけて、その勝負で使われたカードを片付けようとした。
その瞬間、ニシムラが言ったことに僕も気づいた。
「見ろ、カードの色が変わってる」
ニシムラが言った。
確かにそうだった。
通常、日本のアングラカジノではカードの色は赤と青の二色を使う。
裏が赤のカードを4デッキ、青カードを4デッキというように混ぜ合わせるのだ。
当然、ゲームになれば赤と青のカードはランダムに出てくる。
その時のゲームは最初の4枚は全て青のカードで
残りの2枚を出した時も、青だった。
ということは、6枚全て青色のカードでなければおかしいことになる。
ところが。
ディーラーが片付けようとしたカードの中に
赤色のカードが1枚混じっていたのだ。
どこかですり替えられたことになる。
どこですり替えられたんだろう・・
僕とニシムラは再び巻き戻して見た。
粗い画像からかろうじて判別できたのは
プレーヤーの3枚目を絞ろうとした瞬間に反対側で声を発し
皆が半ば反射的にそちらを向いた瞬間に、
プレーヤーに張っていた男の手がカードの上を動いたことだけだった。
当時の店に付いていたカメラの角度だけでは
残念ながらそこまでしか分からなかった。
けれど、不正が行われたことは明白だ。
これがマジシャン系のゴトか・・
僕はその巧妙な手捌きに驚愕した。
当時、そういったゴトの存在は情報としては知っていたけれど
現実に目の当りにするまでは実感として分からなかった。
そういう奴らがいるんだという程度の他人事の感覚だったのだ。
彼らがカードの色を間違えるというミスを犯さなければ
もしかしたら気づかないままだったかもしれない。
ビデオを何度も見直しても、はっきりとは分からないのだ。
そういう目で最初から見ない限り、おそらく見破るのは困難だろう。
僕とニシムラは保存してあったカードをひっくり返した。
シュートごとに使い終わったカードは保存してある。
カードがすり替えられているのであれば、8デッキ分は揃わない。
スペードのエースから並べていく。
案の定だった。10枚ほどのカードが合わなかった。
7が9枚あったり3が7枚しかなかったり。
おそらく彼らは好機を窺っていたのだ。
カメラの位置、使っているカード、そして黒服が甘そうな時間帯・・
それを調べ尽くした上で、この日一気に抜きに来たのだ。
「なぁ。あいつらまた来ると思うか?」
ニシムラが僕に尋ねてきた。
「どうでしょう・・これだけ派手に抜いたら来ないかもしれないですね。
場合によっては疑われるのは奴らも分かってるでしょうし」
僕がそう答えると、ニシムラはため息をつきながら
「だよな・・ゴトってのは短期が勝負だからな・・」
と呟くように言った。
彼らが再びゴトを仕掛けに来れば、ケリを着けるのは難しくない。
ケツ持ちを呼んで、ビデオテープを渡せば
ケツ持ちは問答無用で彼らの身体検査をするだろう。
そして、すり替えるためのカードが出てくるはずだ。
そうなれば、後はいくら取れるかの話になる。
ゴトを仕掛けるくらいだから連中にもケツ持ちはいるだろうが、
身柄を押さえてしまえば話を優勢に進められるわけだ。
問題は彼らが二度と来なかった場合だ。
この場合、彼らは相当な場数を踏んでいることになる。
偵察して、馴染みになってから、ゴトを仕掛ける。
そして一回だけで未練を残さずに去る。
一回だけなら発覚しない可能性も高いし、
発覚したとしても現行犯以外なら逃げることも難しくはない。
そこまで計算していることになるからだ。
「参ったな・・上にどう説明しようか・・」
ニシムラは言ったが、その答えは僕には分からなかった。
このまま黙っていて、普通の勝負で負けたことにする手もあるだろう。
ゴトを見破れずにやられたとなれば、確実に責任を問われる。
けれど、それを隠蔽してから後で発覚すれば
共犯の疑いをかけられても文句は言えないことにもなる。
どちらを取るかは、何とも判断しにくい話だった。
数日後。
僕が出勤すると、見慣れない男がいた。
聞けば、今日から新しく入ってきた黒服だと言う。
初対面の挨拶を交わし、仕事に就こうとするとニシムラに呼ばれた。
「ちょっといいか」
そう言ってニシムラは、近くの喫茶店に僕を連れて行った。
「実はな・・」
ニシムラが口にした言葉を聞いて、僕は耳を疑った。
「お前には悪いんだけど、今日で上がってくれるか・・」
要は首だということだ。
「理由、聞きたいか?」
そう尋ねられて僕は答えた。
「そうですね。俺には何も疚しいところはないですし
ゴトを仕掛けられたのは俺の出勤する前でしたよね。
見逃したのは俺のせいじゃないですし、俺なりにちゃんと働いてきたんで
できれば切られる理由は聞きたいです」
ニシムラは言いにくそうにしていたが
やがて説明してくれた。
つまり、ニシムラは事の次第をオーナーに報告した。
ゴトを仕掛けられた上に、犯人を取り逃がしたことをだ。
当然オーナーは激怒し、ニシムラの責任を追及した。
のみならず、オーナーはニシムラに任せておけないと言い出して
どこかから別の責任者を呼んできたというわけだ。
そうなれば人は余り、人員を整理しなくてはならなくなる。
誰を切るか、となれば一番新入りが切られるというのは
別にこの店でなくても良くある話だ。
能力などを明確な数値で示すことはできないけれど
その店で働いた年月は明確な数値で示せる。
3年、2年半、1年、2ヶ月・・簡単な数値だ。
「俺も責任者外されて降格だ。すまんな」
そう言って頭を下げるニシムラに、僕は言った。
「いえ、そういうことならしょうがないです。
別にニシムラさんが悪いわけじゃないですし」
喫茶店を出て、僕は知人の業界人に電話をかけて仕事の口を探した。
幸い、すぐに次の店は決まり、条件もさほど悪くは無かった。
新しく移った店で、僕はそれまでと同じように仕事を続けた。
店が違っても、やることは同じだ。
客が来て、勝負をして、誰かは勝ち、誰かが負ける。
そして最終的には、ほとんど全ての客が負ける。
何も変わらない。どこでも一緒だ。
そんな日々を繰り返していた僕の耳に
ある日、ちょっとした噂が飛び込んできた。
ニシムラの話だ。
何でもニシムラは、都内各地だけでなく
横浜や西川口のカジノまでゴトの犯人を捜し歩き、
ついに彼らを見つけ出した。
仕事の前後、休日、空き時間を全てそこに費やしたらしい。
そしてケツ持ちと一緒に彼らと対峙し、
ゴトで抜かれた金を回収したというのだ。
もちろん全額ではないだろう。
ケツ持ち同士の話になるはずだが
現行犯で無い以上、テープだけで突っ張れるとは限らない。
相手の顔を立てて半分戻すという程度で手を打つケースも多い。
自分のケツ持ちにさらにその半分を渡すわけだから
(一般的に「取り半」と呼ばれるものだ)
実際に回収できた金は100万がせいぜいだろう。
どれくらいの日数を要したかは分からないが
決して割のいい話ではない。
けれど、僕はニシムラの気持ちが良く分かった。
このままやられっぱなしではいられない。
このままだと舐められて終わってしまう。
それはある意味、ニシムラにとっては死に等しい。
となれば、何としても雪辱しなくてはならない。
ゴト仕掛けられて降格された間抜け、
というレッテルを剥がさなければならない。
舐められたら負け、か・・。
感心したような、呆れたような思いで、
僕はニシムラの口癖を思い出した。
言うのは簡単だけれど、それを実際に貫くのは本当に難しいのが
まだ青い、当時の僕にも分かっていたから。
最初から読む
最近のコメント